#313 ハンニバルとスキピオ

 

ハンニバルスキピオは、部下の心を掴むために全く反対の方法をとったが、両者とも同じ効果をあげることができたのである。

 

スキピオは、任地のスペインで人間味溢れる温情に満ちた言動によって、地方の人心を掴んだ。

 

ハンニバルは、イタリアの地で、残酷で強圧的で非情な態度で終始したのである。

 

なぜ2人とも別のやり方で効果を発揮したのか?

 

これには2つの解明ができる。

 

①人間という者は新しいことには何にでも魅了される者で、現在の状態に満足していない者はもちろんのこと、満足している者まで、変わったことを求める性向では同じだということ

 

この変化を好む人間の気分が、それをもたらす者ががいぶの者ならば城門を開け放し、内部の者ならば、その人の周辺に群がってその人を押し立てるという結果を生むのである。

 

 

②人間というものは、敬愛が恐怖の気持ちであっても、人々を動かすということならば同僚の効果を生む

 

人間とはしばしば敬愛する者よりは恐怖を感ずる者のほうに、服従するものである

 

真の器量に恵まれ、その人の力量が人々の間に知れ渡っているほどの人物ならば、敬愛路線でいこうが恐怖路線でいこうが、それは大した問題にはならないのである。

 

 

ハンニバルスキピオのような力量抜群の人物ならば、何をやろうとそれから生ずる小さな欠陥などは帳消しになる。

 

しかし

 

並程度の器量を持ち主である場合は、しかと考慮の必要がある。

 

なぜなら

 

敬愛路線を取りすぎると、部下の軽蔑を招く危険があり、恐怖路線の行き過ぎは、憎悪を生む危険があるからである。

 

それでいて、中道を行こうとしても人間の性質がそれに向いていないために、これとて大変に難しいもの。

 

要するに

 

人心の完璧な把握などという最大の困難であることは、ハンニバルスキピオのような、並外れた器量の持ち主であってこそ初めて可能なことかもしれない。

 

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